ChatGPTに長い仕事を頼んでいると、途中で条件が抜けたり、さっき直した間違いを繰り返したりすることがある。
そんなとき、私たちは「もっと賢いAIなら、うまくできるのに」と考えやすい。
これまでのAI競争も同じだった。GPTか、Claudeか、Geminiか。新しいものが出るたびにテストの点数が並び、「どれが一番賢いのか」が比べられてきた。
ここでいう「モデル」とは、AIの頭脳にあたる部分だ。文章を読み、考え、答えを作る中心には、GPTやClaude、Geminiといったモデルがある。
ところが、その頭脳を新しくしなくても、仕事の進め方を変えるだけで結果が大きく変わる可能性が出てきた。
今回考えたいのは、AIの能力はどこまで「頭脳の外側」で作れるのか、ということだ。
2026年8月21日、AIの計算に使う半導体で知られるNVIDIAは、AIに仕事を続けさせる仕組み「AVO」が、ARC-AGI-3と呼ばれるAI向けテストの公開問題をすべて解き、100.00のスコアを記録したと発表した。
ARC-AGI-3は、ルールも目的も教えられないゲームをAIに渡し、実際に動かしながら遊び方を見つけられるかを見るテストだ。AVOは公開されている25種類のゲーム、合計183ステージをすべて終えた。
頭脳として使われたのはClaude Opus 5だった。別の条件でClaude Opus 5に挑ませた評価は約30%だったが、AVOという仕事の仕組みに組み込んだ評価では100%に達した。
ただし、30%と100%をそのまま比べることはできない。AIに考えさせる方法や問題の見せ方が異なるため、「AVOだけで70ポイント伸びた」とは言えないからだ。NVIDIA自身も、AVOの効果だけを測った実験ではないと注意している。
重要なのは点数差ではなく、Claudeだけを見た結果と、Claudeを仕事の仕組みの中で働かせた結果が同じではなかったことだ。
それでも、この結果には見逃せない点がある。
Claudeそのものが新しくなったのではない。変わったのは、そのClaudeにどう仕事をさせるかという「頭脳の外側」だった。
Claudeだけで100%を取ったわけではない
AVOは、ClaudeやGPTに代わる新しいAIではない。AIが途中で迷ったり、同じ失敗を繰り返したりしないように、仕事の進め方を整える仕組みだ。
AI業界では、モデルに記憶や道具、確認作業、監督役を組み合わせた周囲の仕組みを「ハーネス」と呼ぶ。
この言葉を見たとき、私は犬が身につけるハーネスを思い浮かべた。AIのハーネスも、頭脳が持つ力を実際の仕事へつなぎ、勝手な方向へ進まないよう支えるものと考えるとわかりやすい。
AVOでは、作業を担当するAIが状況を調べ、計画を立て、実際に試し、結果を確かめる。この作業を一度で終わらせず、何度も繰り返す。
試した方法や失敗した理由、うまくいった結果は、途中経過のノートのような場所に残される。そのため、会話が長くなっても毎回最初から考え直す必要がない。
さらに、作業が行き詰まって同じことを繰り返し始めると、別のAIが監督役となり、「その方法では進んでいないから、違う方向を試そう」と軌道を変える。
人間の仕事でいえば、担当者に資料や道具を渡し、作業記録を残させ、行き詰まったときには上司が方向を修正するようなものだ。
AIを一度だけ呼び出して答えをもらうのではない。考え、試し、結果を見て、失敗を記録し、次の方法を選ぶ。この流れそのものを、AIの頭脳の外側に作っている。
エンジンが同じでも、車の性能は同じではない
AIのモデルを車のエンジンに置き換えると、今回の変化が見えやすい。
これまでのモデル競争は、エンジンの馬力を比べることに近かった。どれだけ速く走れるか、どれだけ難しい問題を解けるか、どれだけ少ない計算量で動けるかが注目されてきた。
しかし、実際の車の性能はエンジンだけでは決まらない。
ブレーキ、センサー、ナビ、安全装置、車体が組み合わさって、初めて安心して長い距離を走れる。どれほど高性能なエンジンでも、道を覚えられず、危険なときに止まれず、故障しても立て直せないなら、仕事には使いにくい。
AIでも同じ問題が現れ始めている。
同じエンジンから、乗用車も配送車も建設機械も作られる。同じClaudeを使っていても、その周囲に何を組み合わせるかによって、できあがるAIの得意な仕事や信頼性は変わる。
AI競争は、最高速度だけを比べる段階から、「どの仕事に、どのような仕組みが必要か」を考える段階へ進み始めたのかもしれない。
AVOは七日間、試し続けた
AVOは、もともとゲームを解くために作られた仕組みではない。最初に発表された研究では、GPUを速く動かすプログラムの改善に使われていた。
「GPUカーネル」と呼ばれる、GPUに計算手順を伝える小さなプログラムを、より速く動くように改善する仕事である。
こうしたプログラムは、コードを一度書けば完成するわけではない。既存の方法を調べ、書き換え、実際のGPUで速くなったかを測り、間違っていればまた直す。専門家でも何度も試す必要がある。
NVIDIAによると、AVOは七日間連続で動き、500を超える改善方法を試した。その中から40の版を残し、評価した条件では、専門家が作った既存の高速化技術を最大10.5%上回った。
10.5%と聞くと、小さな差に見えるかもしれない。しかし、大量のAI計算を何度も繰り返す場所では、一回あたりの処理が少し速くなるだけでも、待ち時間や使う電力、必要な機械の数に影響する。専門家が長年改善してきた領域で、AIが七日間試行錯誤を続け、さらに速い方法を見つけたことには意味がある。
その後、NVIDIAは同じ仕事の進め方をARC-AGI-3へ持ち込んだ。GPUのプログラムを直す代わりに、今度はゲームの状態を受け取り、操作できるようにした。何を試し、何が起きたかを記録し、次の行動を変える基本的な流れは、そのまま使われたとしている。
GPUのコードを改善する仕事と、説明のないゲーム環境を探索する仕事は、表面上はまったく違う。
それでも、「わからない状態から試し、結果を受け取り、次の行動を変える」という部分には共通点がある。
今回の本当の注目点は、公開問題で100%を取ったことだけではない。ある分野で作られた長期作業の仕組みが、別の種類の問題にも持ち込まれたことにある。
「100%」は、何でもできるAIの完成を意味しない
一方で、100%という数字は慎重に扱う必要がある。
ARC-AGI-3では、AIは初めて遊ぶゲームの状態だけを渡される。説明書はなく、何をすれば勝ちなのかも教えられない。操作して何が変わるかを見ながら、ルールと目的を自分で探していく。
ただクリアできたかだけではなく、無駄な操作を繰り返さず、人間と同じくらい効率よく進められたかも点数に含まれる。
AVOがすべて解いたのは、ARC-AGI-3全体ではなく、公開されているデモ用セットである。
このテストを運営するARC Prizeの技術報告書によると、公開問題は遊び方を理解してもらうため、AIにも人間にも意図的にやさしく作られている。本格的な評価には、開発者が内容を見られない110のゲーム環境が別に用意されている。AVOは、そちらで100%を記録したわけではない。
ARC Prize側は、公開問題の得点を「人間のように、未知の幅広い問題へ対応できるAI」に近づいたかを測る指標として扱わないことも明記している。公開された問題に合わせて仕組みを調整できるため、初めて見る課題へ対応できるかどうかとは分けて考える必要があるからだ。
学校のテストに置き換えるなら、公開問題は事前に見ることのできる例題に近い。例題をすべて解けたことには意味があるが、それだけで初めて見る問題もすべて解けるとは言えない。
したがって、今回確認できたのは「AIがあらゆる長期タスクを解けるようになった」ということではない。
AVOが公開されている25種類・183ステージを、人間と比べても効率のよい操作で完了した。そして、その結果がClaudeだけではなく、記憶、道具、確認作業、監督役を含めた仕組み全体から生まれた可能性がある。今回言えるのは、そこまでだ。
企業が選ぶのは、モデルだけではなくなる
ここからは、NVIDIAが発表した結果を、企業のAI利用へ引き寄せて考えてみたい。今回の一件だけで未来が決まったわけではないが、AVOと同じ傾向が実際の仕事でも広がれば、企業がAIを選ぶ基準は変わっていく。
「GPT、Claude、Geminiのどれを使うか」だけでは足りなくなる。
同じモデルを使っていても、過去の仕事をどこまで覚えられるか、社内の資料をどのように調べるか、答えが正しいかを何と照らし合わせるか、誤りを誰が止めるかによって、実際の仕事での性能は変わる。
たとえば、同じClaudeに調査を頼んだとする。
一つは、質問を受けてその場で答えを書く。もう一つは、必要な資料を探し、複数の情報を比べ、数字の出典を確かめ、矛盾があれば調べ直し、それでもわからない部分は人間に返す。
頭脳として使っているClaudeが同じでも、後者の方が仕事では信頼しやすい。違いを生むのは、Claudeの知識だけではなく、その周囲に作られた仕事の手順である。
この視点に立つと、企業のAI選びも少し変わる。
これまでは、どの会社のAIモデルを契約するかが大きな判断だった。しかし、同じモデルを多くの会社が利用できるなら、モデルを選んだだけでは大きな差になりにくい。
その会社の資料をどう読ませるか。どの作業をAIに任せ、どこから人間へ戻すか。何を正解として確認し、失敗を次の仕事へどう生かすか。こうした仕組みを自社の仕事に合わせて作れる企業と、AIに質問を入力するだけの企業では、同じClaudeを使っていても得られる結果が変わってくる。
モデルを作るOpenAIやAnthropic、Googleだけでなく、モデルを企業の仕事へ組み込む会社や、自社専用の仕組みを作るチームにも競争の余地が生まれる。
車でいえば、エンジンメーカーだけを見ていた市場に、どのような車体を作り、どの用途に合わせるかという競争が加わる。その結果、モデルの外側を設計する会社やチームにも、利益や主導権を握る余地が生まれる可能性がある。
これは性能だけの話でもない。
記憶が長く残るほど、間違った思い込みまで次の作業へ持ち越す可能性がある。使える道具が増え、メール送信や発注までできるようになれば、AIの間違いは文章の中だけでは終わらない。長時間ひとりで動かすなら、どこで止め、誰が作業記録を確認するのかも決めなければならない。
モデルの外側が能力を引き出すなら、安全性や責任の一部もモデルの外側で設計することになる。
次の競争は、モデルの外側で始まるのか
AVOが本当に転換点になるかは、まだ決まっていない。
開発者が内容を知らない問題でも通用するのか。GPUのプログラム作り以外の仕事でも同じように成果を出せるのか。Claude以外のAIを組み込んでも力を引き出せるのか。長期間動かすためのお金や安全上の問題を、企業が受け入れられる範囲に収められるのか。
確認しなければならないことは多い。
それでも、今回の結果はAIを見るときの単位を変えた。
GPT対Claude対Geminiという頭脳同士の比較だけでは、実際に働くAIの能力を説明できない。何を覚え、どの道具を使い、結果をどう確かめ、失敗したときにどう戻るのか。そこまで含めて、一つのAIとして見る必要がある。
エンジンの馬力を競う時代が終わったわけではない。
ただ、馬力だけでは仕事はできないと、わかり始めた。
AIの能力は、モデルの中だけにあるのではなく、モデルとその外側の境界で作られ始めているのかもしれない。



それぞれ得意分野が出てきた気もします